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SecondLifeっていう仮想空間の事を書いているように見せかけて、ただの日記。
脳内ストリップショー。別名チラ裏。

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■春よ来い、早く来い
2015.03.18 Wednesday
淡き光立つ 俄雨
いとし面影(オモカゲ)の沈丁花
溢るる涙の蕾から
ひとつ ひとつ香り始める

(春よ、来い / 松任谷由実)


 沈丁花の季節になりました。季節の変わり目だなあと実感する香りです。秋には金木犀、春には沈丁花。トイレの芳香剤のにおい!って言われていたのも今は昔。最近の芳香剤はバラエティに富んでるよね。

 ごきげんよう、たいこです。

 なんだか気づけば1ヶ月以上も空いている。先月はまだまだ春は遠い気がしていたのですが、うかうかしている間にもう目の前には春。誕生日も目の前。また歳取る。しかし誕生日は嬉しいものなので問題なし。
 この1ヶ月の間に、娘の進学準備をし、次男は受験をして進学先を決め、今は駆け足で次男の進学準備をしているところです。合格通知が3月2日だもの、慌ただしいことこのうえない。1ヶ月で制服やら何やら、全部揃えるのはなかなかにヘビー。次男くん、中学校で渡された証明写真をなくしたようで……高校の書類に貼り付ける写真がありませんでした。本人も「まずった」と思ったらしく、知らぬ間に3分写真で写真撮影をしてきていたよ。こういうところが長男に比べるとしっかりしているんだよなあ。。。長男は来年度分の履修申込書を提出し忘れ、学校から催促の電話がかかってきました。。お前、それ一番大事だろ。ともあれ、まだまだ面倒な作業が山のように残っているのですが、1つずつ消化していって願わくば早く落ち着いてーーーー!といったところ。その前に卒業式があるんですけれどね。

 来月になれば入学式があるわけですが、タイミングの悪いことに次男と娘の入学式の日程が丸かぶりしてしまいました。私の体はひとつしかない。高校は入学式のあとにやることがいっぱいある(教科書買ったり辞書買ったり)。しかし親が見に行く優先順位はどう考えても中学>>>>高校なわけで。今から頭を悩ませています。こまったなー。高校の入学説明会もあるのですが、その日は小学校の卒業式。なんということでしょう。世の中には3歳違いの兄弟ってたくさんいると思うのですが、どちらも公立なのだから、入学式の日程はかぶらないように調整してほしいよな。。。と思ったりしたのでした。10日くらいでいいじゃん。高校の入学式。

 そんなわけで、あれよあれよという間に季節は進んでいき子どもたちはどんどんと大人に近づいて行きます。ふと10年前のことを思い返したりすると、子供の成長っぷりにドン引きしたりします。

 子育ては、自分が過ごしてきた子供時代のバックステージを見ている気分です。入学式、卒業式、運動会、文化祭、学芸会。どれもこれも私もその昔に体験した出来事で、親になってからはその体験を反対側の視点から眺めている。子どもたちが本番までにどんなことをして、どんなふうに練習をして、どんなふうに過ごしてきたのかも大体想像がつく。その頃の自分の言動を思い出して凹んだりもします。黒歴史。若いって恥ずかしい、と言った知人がいましたが、この気持はある程度おとなになってから実感する言葉だなと思います。

 私は子育て期間は短いほうが自分が楽だろうという気持ちと、兄弟は歳が近いほうがよいという気持ちがあって、4年間で3人の子供を産みました。確かに皆一緒に大きくなるので、ガっと大変な時期が去ればあとは安定しているのでしょうけれど、節目節目の行事や何かもあっという間にすぎて行ってしまう寂しさを感じたりしています。赤ん坊の時代や幼児の時代はもうすぎてしまって戻れない、あの感覚はもう味わうことが出来ないんだなあ、と、当たり前のことを時折実感するわけです。いいなあ、赤ん坊抱きたいなあ、とは思うのだけれど、実際にまたあの子育てを最初からって考えるとちょっと腰が引けるのもまた事実。大きくなればなったで色々な問題は発生しますし大変だけれども、ちびっ子時代の子育てはやっぱり大変だったと思うのです。

 SL方面の話。ひたすら引きこもっています。ひたすら作っています。隣にはいつもパートナーの人がいます。かなりずっと一緒にいます。私も作っているときは無言のことが多いし、申し訳ないなあと思うこともあるし、退屈してるかな……と気にかける事もあります。が、すでにいるのが当たり前になっている節があるので、隣にいなかったらやっぱりそわそわしちゃうだろうなあ、と思ったりもします。
 相手が自分のことをどう思っているのかっていうのは、どれだけ時間を積み重ねたところで気にならないわけがない問題だと思っています。だって気持ちは変わるものだから。自分がそういう漠然とした不安を常に抱えているように、相手も同じような不安を抱えているだろうなとか、なんか色々そういうことを考えます。

 そういう不安を持つこと自体は悪いことじゃないし、むしろなかったら困ることだと思うけれど、そのうえでできるだけそういう気持ちを相手に持たせないようにすることを考えることも大事だなあ。さらに自分のことを自分で潰してしまわぬようにバランスをとることも。主張すべきは主張しよう。これがここ何年かの私のテーマで、今のところなんとなくうまく出来てる。多分。ただ、主張している時にどうしても心の片隅で「これは自分の単なるわがままなのでは?」という不安もある。すごくある。自分の事は客観視しづらいから、なおさら。あと1年で不惑な年齢になるわけですが、不惑似なんて程遠い気がしているよ。。


 春が来て、脳内にお花が咲き乱れる季節まであと少し。春の自分はいつもテンションがおかしい。早くこないかなー春。

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